東京高等裁判所 昭和36年(行ナ)93号 判決 1962年11月22日
原告 櫃岡洋
被告 第一電機株式会社
主文
昭和三三年審判第七〇六号事件について、特許庁が昭和三六年五月三一日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一請求の趣旨
原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めると申し立てた。
第二請求の原因
原告訴訟代理人は、請求の原因としてつぎのとおり述べた。
一 原告は、昭和三二年四月三〇日に、別紙図面代用写真に示すとおりの「ロケツト型をしたラジオ受信機の形状および模様の結合」の意匠(以下、本件登録意匠という。)につき、大正一〇年農商務省令第三五号意匠法施行規則第一〇条第二四類(以下、旧第二四類という。)ラジオ受信機を意匠を現わすべき物品と指定して、意匠登録の出願をし、同三三年八月二〇日に登録第一四〇三九五号として意匠登録を受け、現に右意匠権を有している。
被告は、昭和三三年一二月二七日に右意匠の登録無効の審判を請求したが、特許庁は、昭和三三年審判第七〇六号事件として審判の上、被告の請求を認容して、同三六年五月三一日に本件登録意匠の登録を無効とする旨の審決をし、その審決謄本は同年六月一七日原告に送達された。
二 審決は、別紙に示す意匠を引用し(以下、引用意匠という)、右引用意匠は本件登録意匠の登録出願前国内において公然知られていたものと認定した上、両意匠を比較すれば、両者はロケツト型といえる形状に表わされた点および高さと太さの割合、翼の取り附けられた状態が類似したものであり、下部分が漸次細くなつているか否かの差、翼の下端部の形状の差異、周側部の色分けの差異等は全体としてみれば細部の差異に過ぎないと認めて、本件登録意匠は引用意匠と類似するから、大正一〇年法律第九八号意匠法(以下、旧意匠法という。)第三条第一項第一号に該当するとして、登録を無効としたものである。
三 審決は、つぎの理由により違法であつて、取り消されるべきものである。
(一) 審決は、引用意匠のようなラジオ受信機が本件登録意匠出願前すなわち昭和三一年一二月頃に市販され国内において公知となつていた旨認定しているけれども、無効審判手続で提出された証拠によつては、引用意匠がラジオ受信機に現実に使われていたことも、また、その時期が本件登録意匠出願前であることも、いずれもこれを認定するに不十分である。しかるに、たやすくこれを認めた審決は違法である。
(二) 審決が無効理由として引用した引用意匠と本件登録意匠とを比較検討すれば、両意匠は類似ではない。
まず両意匠の各部分を比較するにつぎのような差異がある。
(イ) 本件登録意匠の胴部上端は先の尖つた砲弾型で、全体として一見ロケツトを想起せしめるものであり、先頭部は小冠帽状をなし、この先端に針状の突出物が附いているが、引用意匠の胴部上端は鯨の頭のようにのつぺりした円頭形で、全体として魚型をなし一見ロケツト感から程遠いものである。
(ロ) 引用意匠は胴部中央に巾広の帯体を突設巻き附け、また、帯体の下方正面と右側面の二箇所に丸形の端子部が設けられているが、本件登録意匠にはこれがない。
(ハ) 本件登録意匠の胴部は下方に直線形となつており、全体の形状は砲弾型をしているが、引用意匠の胴部は下方に漸次尻つぼみになつている。
(ニ) 引用意匠は胴部の底面に伸縮する摘みが突設しているが、本件登録意匠にはこれがない。
(ホ) 本件登録意匠の翼は角形縁であり、本機を支立する恰好となつているが、引用意匠の翼は弧形縁であり、前記摘みの上方に位置している。
(ヘ) 本件登録意匠は全体を三段に色分けをして、その境は各境界線を表わしているが、引用意匠は二段に色分けされている。
両意匠の各部分の差異は右のとおりであるが、本件登録意匠の特徴は、ラジオ受信機を常に直立せしめておくようにその形状が構成されている点である。その翼は胴部より外側に一段と張り出し胴部より下方に延びて四枚の翼のみで本機を支えている。したがつて、この翼の取り附けられた形態は本機を直立状態におく形状の意匠というべきであり、かつ、胴部上端は砲弾型をなしており、底面に附けられたコードはロケツトの発射装置を連想せしめるように構成されているので、これが審美観の見地からは、噴射するロケツトを想起せしめるものである。他方、引用意匠は、胴部が尻つぼみの形状をなし、翼は胴部の下端までしかなく摘みが突出しているのでラジオ受信機は常に横倒しにしておくようにその形状が構成されている。つまり、翼は横倒しの受信機が転がるのを防ぐ働きをするに過ぎない。しかも、上端は鯨の頭のように円頭形で先端に細長いコードが附いているから、釣るまたは引くという観念が起るのであり、ことに全体の形状が紡錘型であるから、釣糸についた浮きまたは魚類もしくは魚形水雷を容易に想起せしめるのであつて、これから天に向つて噴射するロケツトを想起せしめることは困難である。右のとおりであつて、引用意匠の現わされているラジオ受信機は、全体の形状からみて、ロケツト型と称することはできないのに、審決は両意匠はまずロケツト型といえる形状に表わした点において類似している旨漫然と判断しているが、これは審理をつくした判断であるということはできない。さらに、審決は周側部の色分けについて細部の差異に過ぎないとして原告のこの点に関する主張をしりぞけているけれども、本件登録意匠は、ラジオ受信機の形状および模様の結合として登録を許可されているのであるから、模様の結合は意匠の重要部分に属するのであり、これを細部の差異として排斥するのは正当でない。審決理由に、本件登録意匠につき、「全体の周側を横に三分し、その中央部分を明るく、下端部を暗く、上端部をその中間の明るさに表わし」と説明、引用意匠については、「全体の半分よりもやや短い上部を青色とし、下部分を灰色とし」と説明するによつて明らかなごとく、前者は三段分けで全体として色彩が明るい感じのものであるのに対し、後者は二段分けで全体として明るさのない感じのものであるから、これをもつて細部の差異として排斥するのは、登録範囲に属する模様の結合を忘却した誤判である。
以上の理由によつて両意匠間に類似性を見出し得ない。
第三被告の答弁
被告は、請求棄却の判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因一および二の事実はこれを認めるが、同三の主張を争うと述べた。
第四証拠関係<省略>
理由
一 原告主張の請求原因一および二の事実は当事者間に争がない。そして、成立に争のない甲第一号証および乙第一号証と当事者間に争のない事実によれば、本件登録第一四〇三九五号の意匠は、別紙図面代用写真に示すとおりの「ロケツト型をしたラジオ受信機の形状および模様の結合」の意匠であり、昭和三二年四月三〇日に旧第二四類ラジオ受信機を意匠を現わすべき物品と指定して出願し、同三三年八月二〇日に登録を受けたものであること、引用意匠は、ロケツト型礦石ラジオと称するラジオ受信機に現わされた意匠であり、それは別紙図面に示すほか、その胴部先端にイヤホーンとそのコードがつながれた形状を具え、その胴部の半分よりやや短い上半部を青色に、それ以外の下半部を灰色に着色したものであることを認めることができる。
二 そこで、右認定に従い本件登録意匠と引用意匠とを比較検討する。
(一) まず、形状の点について、本件登録意匠は、胴部は長さが胴部中央の直径の約四倍の尖頭状の円筒から成り、右胴部の上部約三分の一の部分から漸次細くして先端を尖らせ、その先に細棒状の突出物を附し、胴部の下部には周囲に四枚の翼が設けられているが、その翼は胴部より外側に張り出し、また胴部底面より下方に突出しており、なお、胴部底面にはイヤホーンとそのコードが差し込まれている形状を示している。本件登録意匠は、右尖頭状円筒の形状から一見して砲弾型のロケツトを連想させ、また、四枚の翼は胴部から突出していて本機を直立の状態に支持するように構成されているので通常これを直立せしめた状態において観賞するに適する。これに対し、引用意匠は、胴部の長さが胴部中央の直径の約四倍の緩るい紡錘状をなす円筒から成り、ほぼ中央から上部を漸次細くして、先端部には丸味をつけ、中央から下方に至るに従つて漸次細くし、胴部の下部には周囲に四枚の翼を附け、胴部底面には摘みを附け、胴部中央よりやや上方に帯状の突出部を設けその下方にアンテナ端子、アース端子を設け、胴部先端にはイヤホーンとそのコードが附されている。引用意匠は、右紡錘状円筒の形状から砲弾型というよりは、原告もいうようにむしろ魚雷型のロケツトを示しているとみられ、また、その翼および胴部底面に摘みを附けた構造からして、本件登録意匠の場合のように翼を支脚として直立の状態におくことはできず、手に取つて見る以外は通常横倒しの状態におくほかない。右のように、本件登録意匠は一見して砲弾型ロケツトを示しているのに対し、引用意匠はいわゆる魚雷型ロケツトを示しておること、および、前者が直立した姿勢でこれを観賞するのを普通とするに対し、後者が横倒しの状態におかれることを合せて考えれば、両者は看者に相異なる審美感を与えているものと解するを相当とする。
(二) つぎに、模様の点について、本件登録意匠においては、全体をほぼ三分し下部を濃く中央部を白く上部を淡い中間色に色分けして濃淡三段階の模様を附しているが、引用意匠においては、全体の半分よりやや短い上半部を青色とし残り下半部を灰色に色分けして模様を附しているのであつて、前者の三段階の濃淡に対し後者の二段階の濃淡に見られる両模様の差異は、相当明瞭なものであり、この点においても両者は看者に相異なる審美感を与えている。
(三) なるほど、両意匠とも円筒形を基調としてロケツト型といえる形状に表わされた点に相似点を見出すことができないわけではないけれども、ロケツト型といつても相当色々の形状のものを想定することができるわけであるから、前記認定のように看者がこれらを別異のものと感ずるものと考えられる両意匠は、全体として観察して類似していないものといわねばならない。
三 してみれば、本件登録意匠が引用意匠と類似したものとなした審決は、その余の点について判断するまでもなく、取消を免れない。よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九五条第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 原増司 山下朝一 吉井参也)
本件登録意匠(登録第一四〇三九五号)
正面図<省略>
上部から見た図<省略>
底面図<省略>
引用意匠
側面図<省略>
正面図<省略>
下面図<省略>